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ニキのはは

Author:ニキのはは
ディルフィー*フラット・C・レトリバー 2001・1・19生
ニキータ  *アフガン・ハウンド    2003・4・5生
サブリナ  *スタンダード・プードル 2006・2・12生

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命の砂時計

 命の砂時計は、サラサラサラサラと一定に落ちるものだと思っていた。

少なくとも、ディルフィーに関してはそうだと信じていた。
この子は、フラットとしては長命で、12~3歳で、老化からの臓器の障害で静かにその生涯を閉じるものだとずっと信じていた…
絶対『癌』にだけはさせまい、癌で命は奪わせまいと手間もお金もかけてきたつもりなのに…

何故こんなことになったのか、今でも信じられない。夢でも見ているような気分。

 ここからは、書こうか書かないか迷いましたが、自分の覚書として事実経過にのっとりしたためます。

 






  ディーの変化を感じたのは10月2日の土曜日。
前日の訓練では元気で、「月末の競技会では必ず1席取れ」と皆に励まされ、来月の本部展では先生との上位入賞を目標に、先生も私も、そして当のディーも気合充分だったのに…

翌週10月4日月曜日、朝ご飯を残した、おやつにも執着が薄い。
迷いながら病院に行ったが、翌週に予定していた半年に一度の生科学血液検査、腫瘍マーカーを繰り上げ、検査キッドの届いた10月6日水曜に行う。
多飲多尿も気になっていたので、チューブを入れて尿を採取、微量の結晶が見つかるが、糖、蛋白共にマイナス。糖尿も心配しただけに一応安心する。
後の診断は検査結果待ちとなる。

10月8日金曜日。この間も相変らず食欲不振は続いていたが、検査結果は「異常なし」と出た。腎臓も疑っただけに、ドクターに何度も礼を述べながらも、100%とは言えないマーカー検査ゆえ、「エコーやレントゲンの必要はないですか?」と確認するも、ドクターは急ぐ必要はないと判断。

 しかし、相変らず食べない。焼いた肉さえも3口ほどで拒否しだし、手を変え品を変え食べさす努力をし、なんとか一日に必要な栄養の半分は取らせるが、どんどん痩せていくディーに、13日水曜日三度通院。
再度エコー、レントゲンの必要を訴えるが、「検査にも過度のストレスがかかります。まずは体力が快復してから…」との応え。
下痢・嘔吐は全くないディーにドクターはそれほど緊急性を感じておられないようだ。

そして、運命の10月15日金曜日、Y先生の薦めもあり病院を変える。
今までの検査結果に体重の推移をメモし、H病院へ。
丁寧な問診、触診の後、「エコーとレントゲン撮りましょう」と…

結果、『癌』
お腹に2つ、肺の辺りに1つ、そして胸のは9・5cmとかなり大きい。

一瞬、先生の言葉が信じられなかった。
ただ、これがリンパ腫なら、1週間のステロイドの服用で効果が出るらしい。
早い子では翌日に劇的に快復し、3~4日で癌が全て消滅する子もあるらしい。
その後抗がん剤の投与で再発も防げ数年生き延びる望みが出来る。
ただ、このステロイドが効かなかった場合は、その後の抗がん剤も無意味で、余命は1ヶ月か…
一縷の望みを賭け、ステロイド投与。
月曜か火曜に再度レントゲンを撮ることになった。

 翌10月16日土曜日。
朝から尻尾ぶんぶんのディー。食欲もかなり出てきた。
私の食事準備中は、いつもの定位置のダイニングの椅子に座り台所を覗き
「ご飯まだかな~」とニコニコ笑顔。こんなディーを見るのは2週間ぶり。

10月17日日曜日。
マイコーとニキ・サブも一緒にランに行った。
元気にボールを追うディー。ビスケットには勢いよく食いついて来た。いつものディルフィーだ。ステロイドが効いているのか?希望の光。

10月18日月曜日。
マイコーと共に午前中の診察に。
触診で、お腹の腫瘍は消えてるかも?体重もかなり増えている。
天にも舞い上がる心地。
胸の腫瘍は触診ではわからないのでレントゲン。

お腹の腫瘍はやはり消えていました。
でも、胸と肺の腫瘍はそのまま。1ミリも縮んでいない。
ここで少しでも小さくなっていればいくばかりかの希望もあったが、絶望的。一気に奈落の底に突き落とされる。

今後の選択肢としては3つ。

①一切の治療を止める。その場合このまま食欲もなくなり弱り1ヵ月後には死を迎える。

②僅かの希望に賭け、1週間でステロイドと抗がん剤を交互に自宅での服用、通院で1回の注射をワンセット、値段にして1万円超で毎週を2ヶ月、その後2週でワンセットを2ヶ月、その後月に1度。
これで数ヶ月の延命。

③料金のかさむ注射を抜いて、経口薬のみで同じサイクルを行う。
これだと効果は薄い。

 私には選べませんでした。
多大な費用を賭けても数ヶ月の延命にしかならない。

するとマイコーが「わずかでも望みがあるならフルセットでお願いします」と言ってくれた。

治療方針が決まり、副作用等の説明を聞く。
犬は人間より副作用によく耐えるらしい。
そして早速1回目の注射。
ただし、薬の服用中に下痢・嘔吐の症状が出た場合はすぐに薬をストップ、症状が改善したら初めから投薬開始だが、再び下痢・嘔吐が出た場合はその薬は二度と使えない。

その日の帰宅後下痢。早くも拒否反応。
病院に連絡し、その日の投薬はストップ。
晩御飯もほとんんど食べなかった。


 10月19日。
朝、少し震えが来ていた。少し冷えていたので洋服を着せる。
ご飯は拒否。震えは止まっていたので気になりつつも出勤。
しかし、何か気がかりで早めに帰宅させてもらう。
と、ガタガタと震えているディー。
病院に連絡。「痛みがきてるのかも?なんなら連れて来て下さい」とのこと。
ディーを診て先生の顔色が少し変わった。
「血圧が急激に下がっています。ショック症状が出てます。場合によっては一両日中ということも…」
耳と、前肢が氷のように冷たい。
折角増えた体重も一気に減っていた。

本来なら足からゆっくり点滴を入れるところだが、預けている最中に急変することもありえる「もしもの時はお家で迎えたいでしょ?本人もそれを望むと思いますし」と言われる。ディーの状態はそこまで切迫しているのか?

数分で済む背中からの点滴を入れてもらい、注射を一本。
「お利口」と先生も看護師さんも褒めてくれた。
看護師さんはずっとディーの身体を抱きしめ撫でてくれていた。

帰宅後、ぐったりしてご飯も食べない。
それでも排泄、排便は自分でしたが便は柔らかい。
どんなにこすってやっても温かくならない前足。不安で胸が押しつぶされそうな気持ちの時、Оさんから電話。事情を説明すると忙しい中アイスクリームを買って家に来てくれた。
Оさんの手からアイスを3口ほどもらう。
ディーを見て、「今晩どうこうって事はないわ」とОさん。
獣医よりある意味凄い(Y先生も認める)Оさんの言葉に少し落ち着くも、不安な夜を過ごす。
少しうつらうつらしては、ハッと目が覚めディーの様子を確認する。

 10月20日水曜日。
ディーは元気でいます。
排尿も排便も自分でし、朝は癌とは知らずお友達が送ってくれていた流動食を一気に飲み干し、私が作った牛のあばら骨に野菜を入れて取ったスープにパンと焼いた鶏肉を細かくしたものを入れたらお茶碗に1杯食べた。

昼前にうっちゃんははとますみんさんが来てくれた。
私の友人たちの凄い所は、私が何も言わないのに何かを察して連絡をくれる所。しかもベストタイミングで…
買って来てくれたお弁当の中の卵焼きを、皆のぶん3切れペロリと食べた。
おやつのドーナツも半分くらい食べた。
朝までまだ冷たかった耳と前足に温かみが戻ってきた。

夜ご飯も、朝と同じものをお茶碗に1杯。
マイコー帰宅後、卵焼きとОさんが買って来てくれたかつおのお刺身を炙ってやったら5切れ食べた。便はやや柔らかい。

 そして今朝。
傍の空き地まで3分間の散歩。おしっこ正常、便やや柔らかい。
スープはもういらないと言う。
アガリクス入りの卵焼きをしてやると卵2個分をほぼ完食。

ディルフィーくん、今の“マイブーム”は卵焼きか?(笑)

Y先生が様子を見に来てくれた。先生からビスケットを貰う。
「自分で排泄して、食べてるうちは大丈夫」と先生。
一緒に本部に行く事も諦めてないと言ってくれた。


 ディーの命の砂時計のベンは一気に開いたり、閉じたり…
どうかこのままサラサラとゆっくり落ちてください。






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